エリーとエリーゼ

NHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」の最後のスタジオ収録分が終わったのだそうだ。主演の二人は感極まって号泣したそうで、写真付きの記事が掲載されていた。こちら
連続テレビ小説は、たまに故郷に帰った時に実家のテレビで見るだけだが(ヘルパーさんの助けで何とか日常をやり過ごしている実家では、危機管理の一環として、一日中テレビが点いている。チャンネルはNHK。そして朝の連続テレビ小説は独り身となってしまった叔母の数少ない楽しみのひとつ。これを欠かさず見るために健康に注意を払っている。連続テレビ小説さん感謝です)、私が初めて「マッサン」を見た時には、ヒロイン・エリーはすでに達者な日本語を話していて、それはそれは驚いたものだ。
自国アメリカでオーディションを受け、ヒロインに抜擢され来日したが、その時点で日本語は全く話せない状態だったという。相当な覚悟と努力で取り組まれたのだろう。これぞ役者魂。ただただ敬意。
さてこの「マッサン」、100話以上も続くドラマのほんの数話を垣間見ただけのことだが、すこしだけだが私なりの思い入れのようなものがある。昨年の夏、東京でお話させて頂いた講演の折に、NHK解説委員の二村伸氏が取材くださり、NHKウィークリー「ステラ」誌に掲載された。
誌面に載ったのは9月も下旬のことで、私はベルリンでの日常に戻っていて、ある日郵便受けに投函されていた一通の封書を手にしたのだが、開封すると目に飛び込んで来たのが「マッサン」の二人の肖像だった。


この時点で、次期ドラマが日本でのウィスキーづくりに貢献した竹鶴政孝氏の物語であること、西洋の女性との国際結婚でありドラマで初めて外国人ヒロインが登場するということは知られていたが、ヒロインに決定したのはどんな女優なのか未発表だった。
送られてきた号が、「マッサン」の概要が初めて公開したもので、ヒロイン二人の顔も初めてここで発表された。
それでも日本の方にとっては評判は既に先行していたから、この表紙を前に「この二人が!」となったのだろうが、私にとっては「この二人が…?」とまずは何の写真なのかを理解しなければならなかった。
エリーとマッサン…。
表紙からも、ページを開けたその向こうにも、新しく始まる朝ドラの二人だとすぐさま理解できるようにそれらは書かれていたが、私にとっては読み終わるまで未知の世界で、それを理解した瞬間に、表紙を改めて眺め、そのとき、それを理解するより前に心の奥で思っていた感情が湧いて出た。
もし鴎外がエリーゼと結婚できていたら、こんなふうに微笑む二人の写真も存在していただろうに。
エリーとエリーゼ、名前がとても似ていて、表紙に微笑むエリーは、『舞姫』エリスのように金髪で肌が透けるように白い。
そう思うと、この主演俳優さんの顔が若かりし頃の鴎外の顔のように思えてきて、寄り添う女性がエリスのように見えてくる。
もし鴎外がエリーゼと結婚できていたら、日本人小説家とドイツ人妻の物語も、こんなふうにドラマ化されたかもしれないのに…。
ヒロインがエリーという名であるから特にそんな気にさせる。

ページを開いて二村氏の記事を見ると、そこには二人で微笑む写真を残すことのできなかった鴎外のことが書かれている。
それを拝読し、ふと鴎外本の執筆に没頭していた頃の、二人の悲恋を目の当たりにして涙が止まらなかった日のことを思い出し、また改めて表紙に微笑む二人を見つめて、何とも言えない気持ちになったのだった。

後日談。
「マッサン」はニッカウヰスキーの創業者の奮闘を描いたドラマだが、マッサンは創始者竹鶴政孝のことで、その妻の名は「エリー」ではなく「リタ」だったと、ずいぶん後になってから知った。なぜリタがエリーに? …ん? あの表紙、その名前、なにか意図があったのだろうか??
私はNHKさんのタクラミに、まんまとハマってしまっていたのかもしれない。

なぜ「リタ」を「エリー」に替えたのですか?
NHKさんに質問箱があるなら投稿したい。