ホロコーストはなぜ起きたのか

終戦70年の今年、リトアニアでユダヤ人に大量のビザを発給して6千人以上ものユダヤ人を救った杉原千畝氏を描いたハリウッド映画が公開される。

それでつい先日、記者会見が行われたそうだ。
『杉原千畝 スギハラチウネ』というタイトルになるらしい。
ホーロー容器工場を経営していて1200人を救ったオスカー・シンドラーの映画が『シンドラーのリスト』だから、『杉原のビザ』になるのかと思ったら、いきなり名前だけなのね。
…それにしても、シンドラーが救ったのは1200人だが、杉原さんは6000人。杉原さんのほうがずっと多い。

それはともかく、主演、杉原千畝を演じるのは唐沢寿明さん、妻役は小雪さん。
この記者会見の記事を読んでいて、ハッとした。

デイリースポーツ紙によると、今回の役を通して価値観に変化があったかと訊かれた唐沢さんは、「まず差別はよくないですね」と切り出したという。
ドイツ在住が長いせいもあっていつ頃からか、また、ここ最近は、サンデー毎日にナチ時代のベルリンについての連載があってなおさら、「なぜ大量虐殺というあり得ないことが起きたのですか?」と問われることがよくある。自分の思考ではどう考えても理解できないという思いがこの質問になる。
「えっと…」。
答えたいことは見えているが、それを端的に言い表すことができなかった。

そこに一石を投じてくれたのは、終戦70年というこの節目の年だった。
終戦を迎えるよりも前、ヨーロッパ各地に設けられていた強制収容所が侵攻してきた敵軍によって発見され、解放を迎えた(その前にナチスは証拠を隠滅し、歩ける収容者を他の地へと移動させたので(「死の行進」)、収容所の残っていたのは歩くことができないほど衰弱した人々)。
その解放を記念した式典が相次いで行われるようになってからドイツの終戦記念日5月8日に至るまでの間に、ガウク大統領やメルケル首相、またシュタインマイヤー外務大臣らの述べた自責と哀悼の意を耳にした。そして加害者ドイツが未来への約束として公言したのは、集約すると「差別をしない」ということだった。
何百万人もの人間を虐殺したという大きな事実を前にすると原因を見つけることができないほどの動揺を覚えるが、結局その始まりは、未曾有の事態に至るずっと前の、個人の中にあったひとつの誤った感情は、「差別意識」だったのだ。

 

「○○のくせに」
そう思う意識の延長線には、あのような結果も潜んでいるということに、「あのような結果」を生み出してしまったドイツは、長い歳月をかけてようやく気づいた。
そして今、「差別をしない」ということを、国家として肝に銘じ、実践しようとしている。
ドイツには政府として、すでに「反差別本部/Antidiskriminierungsstelle des Bundes」を設置し、青少年への取り組みが行われている。

私がこの「反差別本部」という組織の存在を知ったのは昨年のことで、そのときは、なぜ政府がこのような機関をわざわざ設置するのだろう?? と不思議な気がしていたが、今年に入って、その大元にユダヤ人大量虐殺の歴史があったのだと気づいて、目から鱗が落ちる思いだった。

ところが唐沢寿明さんは、杉原千畝を演じて、「差別はよくない」と述べた。
この人の感性の素晴らしさには驚くばかり。エキストラから地道に這い上がって有名俳優になったと聞く。しっかり前を向き取り組んできた結果ということか。とにかく感服。